壁・コラージュ展  参加者募集          
蒼芸美術展
2006.11.15 一部更新しました
展覧案内にコラージュ展開催をUPしました


                                  協賛 美学校
                                  
主催 蒼芸プロダクト
蒼芸美術展

 

「壁・コラージュ展」 企画要旨


この展示会は、われわれを取り巻く目に見えない壁を内側から突き崩し、コラージュによって無意味化する作業である。
壁は、世間を取り巻く目に見えない壁であり、ある時は人を差別し、またある時は人を呪縛し、欺く壁である。その壁は、伝統や慣習の内に深く根をはり、五感を超えて屹立し、檻のように立ちはだかる。 今回の展示は、壁の製作と壁面に配置されるコラージュ郡によって構成される。したがって壁・コラージュとともに複数の制作者の共同作業として行われる。 最終的にどのような形になるかは、現時点では必ずしも明確に提示することはできないが、壁の形や壁面を覆うコラージュは、参加者各自の個性が響き合う場所であり、そこに至るまでには多段階の討議が必要となるだろう。 壁は日常、様々な情報としてわれわれの生活を囲い込み、その外側に広がる広大な地平を封鎖する。日々の新聞、雑誌、各種のポスター、ゴミのように巻き散らされるちらしなどの映像情報やそれに付随する文字情報は、利益を貪る商行為と密接に連動しつつ、世間の隅々にまで瀰漫しており、目先の利便性によって人々を飼い馴らし、方向づける。 コラージュの狙いの一つは、そうした表層に漂う無数の映像情報を、内側から解体する作業である。コラージュは、既存の映像を、再構成することによってわれわれを取り巻く壁を内側から蚕食する。 今回の展示に賛同する人は是非参加してほしい。それぞれの立場から身辺に押し寄せる映像の波を独自に書き換えることによって、壁という影を各自の諧謔にみちたコラージュによって無意味化し、少しでも風通しのよい空間を作り出したいと願っている。






埋もれた才能に光を 洞窟壁画に思う 

人はいつ頃から絵を描き始めたのだろうか。各地に遺る太古の洞窟壁画をみると、人類が初めて絵を描き始めたのは、はるか有史以前の時代だったことがわかる。
 彼らは、真っ暗な地下空間のなかで何を思い、何を誰に語りかけるべく絵を描きつづけていたのだろうか。洞窟壁画については、発見当初より多くの研究者によって様々な推論がなされてきたが、現在に至ってもその意味合いは必ずしも明らかにされてはいない。
 写真で観る限り、洞窟の壁面に描がかれた多様な動物や人物の線描は、驚くほど写実的であり動的である。彼らは動物の姿かたちを様式化することなく、極めてリアルに描いている。その写実技法がどのような伝承によって培われたのか定かではないが、初期人類は対象を客観的に把握する術を生得的に心得ていたのだろうか。
 深い洞窟の中は全くの闇である。彼らが絵を描きながら見ていた世界は、松明の照らし出すほんの数メートルの範囲に過ぎない。そこに彼らは草原を疾駆する野牛や鹿を,それを追う仲間たちを生きいきと描きこんでいったのである。そしてそれらは幾世代にも亘って描きつらねられ,壮大な物語世界を描き出してきた。
 それから数千年を経て、最初に洞窟壁画を発見した現代人は、松明か,あるいは懐中電灯を翳しながら,次つぎに現れる動物や狩人たちを驚嘆しつつ、その一つひとつに目を輝かしながら見入ったに違いない。しかしそれらはほんの一部に過ぎず,闇の中にはまだまだ目に触れることのない多くの絵が隠されているかも知れないのである。
 周辺を見ると、画家を志す者たちのなかには、狭い洞窟の中でひとり孤立して制作を続けている者も少なくないように思えてならない。そうした彼らの絵の多くは、松明の光も届かず、したがって人の目に触れることも少なく、ただひっそりと鎮まりかえっているだけだ。
 光は遠い未来からやってくることもあるが、めまぐるしく変わる現代では、暗が明に明が暗に変わるのも早い。
 埋もれた作品に光を当てるためには、まずそれぞれが松明を翳し、お互いを照らし出すことから始める必要があるのではないだろうか。その先に出口を見出すためには、ひたすら掘り進んで見ることである。そのためには自身の絵を描ききること、そして世の中に向けて臆せず照れず声を出してみることである。

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